こちら大都芸能社特殊部隊 聖外伝

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<1>



(あっちは天国、こっちは地獄・・・・か。本当に、一体何を考えておられるのやら・・・・)

彼――聖唐人は、ヨーロッパ上空を飛ぶヘリコプターの中から、眼下に広がる美しい景色を見ながら、密かにため息をついた。

大都芸能社長・速水真澄の陰の部下として、今までは一言も文句を言わず、黙って――例えそれがどんなに汚い仕事でも――命令に従ってきた。だが、今度という今度はさすがに呆れて言葉がない。

原因はもちろん、上司・真澄の超奥手な恋のアプローチ。突然、

「特殊部隊を作ってマヤを守る!」
と言いだし、周囲の反対などなんのその。もう子供のワガママ同然に、あっという間に設立されてしまった。それだけなら、聖は何も言う必要などなかったが、真澄はあっさりと

『聖、もちろん君も隊員の一人だ。しっかりマヤを守ってくれよ』

と、当然のように言った。唖然とする聖をしり目に、真澄は手際よく設立準備を進めていく。

そして、悪夢はやってきた。

『あの大怪盗、ルパン三世が率いる"ルパンシンジケート"が、毎年新人教育アカデミー半年コースを設けている。悪いが、それに参加してもらいたい』

・・・・・もうこうなったら、何を言っても無駄だ。そうあきらめて、聖はここまでやってきた。



ヘリコプターは、とある小島へと降り立った。ヘリを操縦していた男が、彼をアカデミーへと案内する。

島には、小さいが一応ホテルもあり、観光地としても十分やっていけそうだ・・・聖はつい、いつもの癖で品定めをしてしまい、我に返って苦笑した。

(いつもとは、違うのに・・・)

何をさせられるのか、蓋を開けて見なければ分からない。

ルパン三世と言えば、世界的に有名な泥棒。その泥棒の教育アカデミーなど、想像もつかない。

(大体・・・・・ロボットなど作ってマヤ様をお守りした所で、マヤ様がお喜びになると思うのだろうか・・・・?それどころか、真澄様だと気づくかどうか・・・・。紫のバラと、何も変わらない事に真澄様はお気づきじゃない・・・・)

特殊部隊の事を思い出すとため息が出るが、一方でこれからの事を考えると、何故か心が浮き立つ。

自分でも認めたくないが、彼の事を考えると胸が躍る。聖は思わず、呟いていた。

「広域Aランク犯罪者P26・・・・通称、ルパン三世。犯罪者の大物中の、大物・・・。世界中の警察から指名手配されているにも関わらず、未だ捕まらない・・・」

案内役の男が、聖の仕入れた生半可な情報を笑いとばした。

「実際、会えば分かるぜ?それだけじゃねえ、もっともっと凄い人だ。この島の人間が皆、ボスに絶対服従を誓ってるのは何故だと思う?」

「島の人間が、全員・・・・?」

「ああ。この島の奴は、皆シンジケートの人間だ。あんたのボスなんか、比べ物にもならねえぜ。まあ、せいぜい頑張りな。一番頑張った奴にゃ、特別待遇がまってるぜ」

「特別待遇!?それは一体・・・?」

男は含んだような笑みを聖に向けた。

「・・・・ルパンシンジケートの特殊構成員だ。ま、早い話、即戦力で使ってもらえるって事」

「・・・・・・・・・・・」

特殊部隊といい、特殊構成員といい、どうしてこうも『特殊』という言葉に縁があるのか。聖は一気に力が抜けていくのを感じた。



アカデミーの入り口に、小型の車が止まっていた。何をするでもなく、ただ停車しているだけなのだが、何故か聖には気になった。

不審に思いながらも、どうしようもなく、聖はアカデミーの門をくぐって中へ消えて行った。

「おい、今の眼、見たか」

「ああ。なかなか、仕込みがいのありそうな野郎だ」

「うむ。あれは、あきらかに我らの事を不審に思っている眼だ。次元の言う通り、鍛えがいがある」

車の中には三人の男が乗っている。赤いジャケットを着ているのは、噂のルパン三世だ。

黒スーツの上下に帽子を目深に被り、あごひげをはやした次元大介。

時代錯誤な着物を着た、13代石川五右衛門。いずれも、この島ではボスと呼ばれる男達である。

「だがよ、ルパン。アイツに銃を仕込んで、どうするんだ?」と次元が問う。

「さよう、あやつは芸能界の裏方でござろう?剣さばきを伝授して、どうなるものでもあるまい」

「まあ、そう言うなってばよ〜、次元、五右衛門」

ルパンは煙草の煙と共に吐きだした。

「速水真澄から、直接電話をもらったんだ。だからちょっくら、条件を出したのさ」

「何だぁ?おい、詳しく説明しろ、ルパン!」

ルパンは次元と五右衛門の耳に、ボソボソと何事かささやいた。それを聞いた2人の投げやりな態度がコロッと変化する。

「・・・・なるほど、そういう事でござるか」

「馬鹿野郎、それを早く言いやがれ」

ルパンは含み笑いをしながら、自分の携帯を取り出す。

「そういう事。・・・・さ〜ってと、不二子にも連絡とるか。『女を落とすスペシャル講座』をやってもらわねーと。・・・・・・来てくれるかなあ・・・・・」

「あの女と、何年つきあってると思うんだ?今の話聞きゃあ、自分からすっとんでくる事ぐらい想像つくだろうが」

次元が呆れたように言う。五右衛門は黙って眼を閉じ、肯定の意を示す。

「よ〜し。始めるぞ」



<2>


翌日から、アカデミーの授業はスタートした。

何をさせられるのかと不安な聖だったが、その不安は早くも的中した。

何せ、スケジュールが半端じゃない。

朝は4時に起床。いきなり20キロを1時間以内に走り、それから軽くストレッチ。6時に朝食、休憩の後、7時から早速授業が始まる。午後は午後で模擬実戦などがあり、終了するのは夜中の12時、と言う超ハードスケジュールなのだ。

ハードスケジュールには慣れている聖だが、ここまでハードだとさすがにキツイ。授業自体も、内容が多岐に渡っていて、大学並みの高レベルかつ専門的な物だ。一応大学出で、裏の世界事情にも比較的詳しい聖だが、泥棒がここまで専門的な知識を要求されるとは思っていなかった。

鍵開けなどは言うに及ばず、話術や変装術、果ては心理学、医学、化学など、のっけから高度な授業を展開されて、やめていく者もいた。入所からわずか半月で、当初100名からいた人間が、その3分の2に激減していた。



(地獄の半年コースとは聞いていたが・・・これは、聞きしにまさる地獄だ・・・・)

聖は真澄を恨みたくなる。新人教育とは言えど、あまり見込みのない者は容赦ない。強制送還などはマシな方で、ひどい時は消される事もあるのだと言う。

「消される!?」

「そ。あまりにもドジな奴とか、ボスに迷惑かけて怒らせたりした奴」

食堂―。聖はここで知り合った男と、夕食を食べていた。あまりのんびりする時間はないのだが、それでも2時間と一日で一番休憩時間が長い。

「この島のボスは、ルパン三世一人でしょう?・・・彼は、殺人には手を出さないと聞いてますが」

「それは、オンナ子供と警官だけ。それによ、ボスをあと2人、忘れてるぜ?早撃ち0.3秒のガンマン、次元大介。それとあの石川五右衛門の13代目、居合い抜きの達人。ボスの相棒だが、この2人はむか〜し、殺し屋だったんだ。ボスも含めて、コロシに抵抗なんか感じてないさ」

「・・・今は、どこにいるんでしょうか?」

「俺が知る訳ないだろ。ここには滅多にこないって聞いたけどな」

世界を舞台に仕事をする彼らが、こんな教育アカデミーなどに興味を持つはずがない。彼らが興味を持つのは、結果だけなのだ。だからこそ、認めてもらいたくて皆が必死になるのだと男は言った。

(どうして、そんなに・・・・?そんなに、ルパン三世と言う男は魅力があるのか・・・・自分の命を懸けても惜しくない、そんな魅力を持つと言うのか・・・)

たかが、泥棒じゃないか。この時の聖は、まだそんな事を考えていた。



聖の成績は優秀だった。もともと産業スパイが本職であり、裏工作や詐欺まがいの事までこなしてきたのだ。忍び込む事は得意分野である。

初めて経験する事も多かったが、飲み込みの早い聖はすぐに出来るようになった。スタートから1ヶ月で、ちょっとした泥棒ぐらいなら造作もなく出来るようになっていた。

そんな聖は、シンジケートの教育担当の構成員達や、アカデミーの講師陣から可愛がられるようになった。だが、上から気に入られれば入られる程、敵の数も増えた。早く認めてもらいたい連中は、そんな聖をやっかみ、陰湿な嫌がらせを繰り返した。



「ふうっ・・・・・・・」

一日のスケジュールを全て終えて、自室に戻った聖はため息と共に、着ていた物を脱ぎ捨てた。

灯りも付けずに、聖はごそごそと煙草を取り出し、火をつけた。

紫煙が、聖の体を取り巻く。窓から差し込む月明かりが、上半身裸の聖の肉体に反射し、彼の肌の白さと細さを際だたせる。

「・・・大分、痩せたみたいだな・・・・・・」

思わず聖が口にしたのも無理がない位、ここに来て以来体重が落ちた。鏡など見てないから自分ではよく分からないが、今の自分は相当すさんだ印象を人に与えるに違いない。

「そんな事、ないわよ」

突如聞こえた女の声に、聖はびくっとして振り返った。

(部屋に入って来た時は、人の気配などなかったのに・・・・いつの間に?)

振り向いた聖の目に、大きく開いたドアが飛び込んでくる。そして、ドアにもたれかかるように立っている、女のシルエット。

「・・・・・誰だ・・・!?」

「まあ、怖い。怪しい者じゃないわ」

怖いと言いながら、全く怖がっているそぶりはない。それどころか、楽しんでいるようだ。

「・・・あなたを、呼びにきたのよ。あの人達が、成績優秀なあなたを一目見たいそうよ」

「あの人達・・・・?」

一瞬ポカンとした聖だが、すぐに誰が自分を呼んでいるのか理解する。

「・・・・・・まさか・・・・・・・」

「フフッ・・・・・噂通り、頭の回転は速いようね。ご名答・・・・さ、ついてらっしゃい」

聖は慌てて上着をひっつかみ、すたすたと出ていく女の後を追った。



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